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■「法獣医学」を定着・発展させ動物福祉の推進を

2022-09-15 15:47 | 前の記事 | 次の記事

日本学術会議と日本法獣医学会は、2022年9月3日、オンラインで公開シンポジウム「法獣医学の世界」を行った。

司会は東京大学の内田和幸先生が務め、開会の挨拶は北里大学名誉教授の髙井伸二先生が、閉会の挨拶は北海道大学の石塚真由美先生が述べた。

講演の座長は東京都福祉保健局健康安全部の高橋真吾先生と帝京科学大学の佐伯 潤先生が、総合討論の座長は東京都動物愛護相談センターの松本 周先生と麻布大学の川本恵子先生が務めた。講演テーマと演者は以下の通り。なお、内田和幸先生、石塚真由美先生、座長と講演演者の先生方はすべて日本法獣医学会の役員を務めている。

  • 法獣医学と日本法獣医学会
  •  田中亜紀先生(日本獣医生命科学大学)
  • 法獣医学の実際:虐待の現場から
  •  木原友子先生(日本獣医生命科学大学)
  • 法獣医学の実際:分析の現場から
  •  池中良徳先生(北海道大学)
  • 法学からみた法獣医学
  •  三上正隆先生(愛知学院大学)

講演要旨」は、日本法獣医学会のWebサイトに掲載されている。

まずは日本法獣医学会代表の田中亜紀先生が、法獣医学会について概説し、加えて日本法獣医学会やOne Welfareの概念などについて述べた。

法獣医学の対象となるのは、日本では刑事法事件、行政調査、ペットホテルなどの監査、動物販売基準の調査など。2020年の「動物愛護管理法」の改正で罰則が強化され、獣医師の虐待の通報が義務化され法獣医学の重要性が高まっており、同年、日本法獣医学会の前身である研究会も設立されている。

田中先生は「獣医師は動物虐待を通して、反社会的行為を積極的に察知できる存在」とし、日本法獣医学会に相談窓口を設け、虐待の疑いを見逃さないようしていきたいと述べた。また同学会は今後、法律学者や司法との連携を深める、人材育成、獣医学教育への導入などに取り組んでいくとのこと。

次いで木原友子先生が日本獣医生命科学大学の取り組みについて述べた。田中亜紀先生や木原友子先生は、動物不審死体の解剖、多頭飼育崩壊の現場調査、資料作成、緊急一時保護、虐待防止の教育などを行っている。動物不審死体の解剖は主に行政、警察から依頼される。不審死体のことや死体の診断・鑑定項目などについて、具体的かつ詳細に述べた。画像検査や薬毒物検査も実施している。動物種は限定しておらず、野生動物の痕跡を確かめるための、DNA検査も行っているとのこと。どのような暴力を受けていたか、必要なケアを受けていなかったか、それが死因に関与するかを科学的に判断している。また、年間5件くらいの多頭飼育崩壊の現場調査を行っている。

続いて池中良徳先生が中毒とその検査について解説した。餓死、外傷、感染症がないと中毒死が疑われる。その発生件数(日本中毒情報センターのWebサイトに動物の中毒事例数も掲載されている)を述べた上で、化学物質の検査や質量分析の重要性について概説した。北海道大学では検査機器を整備してきており、今年末の導入機器を含めると8機器が揃い、様々な化学物質の定性、定量検査の体制が整う。池中先生は「検査の受け皿になっていきたい。検査や共同研究については相談してほしい」と述べた。検査にあたっては胃内容物などの検体のほか、死亡時の状況、周囲の環境、剖検結果、病理組織検査結果などの情報があるとよいとのこと。また「ハムスターから筋弛緩薬のスキサメトニウムが検出されるかどうか」という殺人事件に関与する分析の具体例なども紹介した。そして「分析技術の知見の集積も必要」と締めくくった。

最後に三上正隆先生が、「法獣医学と法律」や「人が動物を守る法律体系」、「動物愛護管理法の基本思想」などについて解説した。現在の「動物愛護管理法」は動物福祉を正面から捉えている訳ではなく、人の情操教育的側面が強い。動物虐待等罪は動物そのものではなく、社会の利益が保護されているものとなっている。動物福祉という動物の利益それ自体につながる法になっていくべきだと述べた。なお、動物虐待については環境省「動物虐待等に関する対応ガイドライン」が詳しいと推薦した。

質疑応答や総合討論では、この分野の教材にはどのようなものがあるのか(学生からの質問。下記の「文永堂出版株式会社が取り扱っている関連書籍」参照)、高校生としてどう携わっていけるのか、検査死体の所有権のこと、検査を依頼する場合の検体のサンプル量、獣医師が知っておくべき基本的な中毒の所見など様々な質問が寄せられた。

最後に「虐待かどうかの判断は、法獣医学がやるべきことなのか」との問いに対して、「法獣医学は虐待を裏付ける1つのツール。虐待かどうかの判断は司法関係者が行うもの。獣医師はその判断の材料を提供することができ、それは社会的に意義がある」との見解が示された。

石塚真由美先生は「多くの方にこの分野を知ってほしい。動物福祉を推進するため、この分野を進展させていきたい」とシンポジウムを締めくくった。

日本法獣医学会は2022年11月12日(土)午後にOne Welfareシンポジウムを開催する予定。

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