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有限会社士別動物病院 芦澤 毅
1.セミナーに参加したきっかけ
自分は北海道で大動物臨床に8年間従事し、日々の業務として個体診療や繁殖管理を行っています。本セミナーに興味もありましたが、申し出る勇気も無く日々の業務に満足していました。恥ずかしながら、上司に背中を押していただいたことで参加を決心し、セミナーを通じて酪農の最新情報を知り、全国から集まる獣医師と関わり、得たものを酪畜業界に還元したいという思いで参加しました。多くを学んだ研修のなかで、自分は「Keller Crest農場視察」について報告します。
2.Keller Crest農場視察
Ⅰ)農場概要
周囲を270haの草地に囲まれ、景観が素敵なKeller Crest牧場(写真1)は、搾乳牛296頭(平均搾乳日数195日・初産割合33%)、乾乳牛42頭、未経産牛約300頭という牛群構成です。1960年代に両親が始められて、今は息子兄弟で経営されており、労働人数は10人です。搾乳は朝4時、昼12時、夜8時の3回で、12頭ダブルのパーラーで行われます。平均乳量は47.4kg、初産平均乳量は42.2kg、乳脂肪4.8%、乳蛋白3.55%、体細胞10万というだけでなく乳品質としても優秀な経営をされています。理念として、優れた体型・生産性・乳成分・共進会適正そして長命連産性を備えた完璧な牛を育成することを掲げています。開業当初からの遺伝改良だけでなく、カウコンフォート、飼料作り、牛群管理にも力を入れ、合衆国でもトップクラスの牛の育成を実現しています。優秀な牛も多く、生涯乳量24万ポンド(約10万8000kg)以上の牛は14頭、30万ポンド(約13万6000kg)以上の牛を2頭輩出しています。在籍中の牛では2013年4月25生まれの牛が現役で搾乳されていました(生涯乳量15万1900kg)。ウィスコンシン州の酪農家が生産した牛乳の多くは加工乳となるため、乳成分が高いと乳価も高くなります。アメリカ平均では100ポンド17$(約56.21円/kg)に対して、Keller Crest牧場は100ポンド21$(約69.44円/kg)とかなり高い値段で取引されています。
Ⅱ)繁殖管理
分娩後の初回授精はすべてダブルオブシンク法による定時授精で、授精後30日で妊娠鑑定を実施します。不受胎牛に対してはオブシンク法を使用します。初回授精の受胎率は50%で、乳量が150ポンド(約68kg)以上の牛では初回授精を遅らせるため、VWPは平均119日(初産100日、2産120日、3産130日)となっています。繁殖中止の基準は乳量が90ポンド(約41kg)を下回り搾乳日数が300日越える牛や3本乳頭の牛が該当するとのことでした。
Ⅲ)牛舎設備
搾乳牛舎はフリーストールで、初産牛群と経産牛群に分かれており、フレッシュ牛群は別牛舎で飼養されています。サイクロンファンと換気扇によるハイブリッド換気システム、砂ベッドのストール、目地の細かい通路の溝、至る所にカウコンフォートを重視していることが感じられました。ストールにはサンドセイバーと呼ばれる有孔マットを敷き砂の流出を防止するだけでなく、ベッドの砂は2週間で3回足され、搾乳ごとにベッドメイクされています。育成牛は離乳後から初回分娩の分娩房までが横並びに群分けされて飼養され、ほぼ自家育成です。哺乳牛舎には約50個のハッチがあり、陽圧換気システム、各ハッチの地面には暗渠設備、空気で膨らませる牛舎カーテン(とても暖かいが閉まるまで時間がかかるとのこと)といった初めて見る設備が多くありました。冬場は外気がマイナス30℃まで下がるようですがヒーターはなく、凍傷防止のイヤーカフを装着すると紹介してくれました(写真2)。この他にも、フレッシュ牛舎・共進会牛用飼養スペース・乾乳牛舎・分娩舎と全ての牛舎を見せていただきましたが、どこの牛も体型が揃っており毛艶もピカピカしていました。
3.セミナー全体の感想と今後の抱負
牛のことを「Milking Machine;草を牛乳に変える機械」だと揶揄されてしまう時代もあったなかで、現在のアメリカでは、牛を対等なビジネスパートナーとして扱えるように、研究や現場が様々な努力をしていることが今回のセミナーで強く感じられました。目先の生産性増加だけを追求するのではなく、生産性向上の下支えとなるカウコンフォートに着眼した農場の仕様や各講義の研究内容には感銘を受けました。また、一緒に行ったメンバーから教わったことも多く、学術的なことに限らず経営から家庭円満の秘訣まで教えていただけたことは、とても良い思い出になりました(写真3)。業界の最前線で働いている先生方との交流は自分の大きな財産となり、遅れをとりたくないというモチベーションにもなりました。
最後に、セミナーを企画・実行していただいた佐藤 繁先生と渥美孝雄先生、現地でお世話になった鷲山順慈先生、そして協賛いただいた共立製薬株式会社の皆様に深く感謝申し上げます。


