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■【寄稿】書籍紹介『恐竜学』

2025-06-24 15:43 掲載 | 前の記事 | 次の記事

『恐竜学』

評者 浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授/非常勤)

直近の“子ども科学電話相談”では恐竜少年・少女が盛んに登場する。彼ら・彼女らが披歴する深く、広い知識に、毎回、“耳”が釘付けになる(本来は“目”だが、当該番組はラジオ)。“オタク”ではなく“マニア”しかいなかった昭和、戦闘車輛プラモに熱中した私も、そういったモノに関する夥しい情報も知らずのうちに詳しくなった。そんな私が獣医科大学に入学した頃、国外四輪車の詳細を滔々と述べる小中生の姿をテレビで何度も視た。1970年代終盤、突如国内を席巻したスーパーカーブームである。

よって、冒頭の恐竜フリークの出現に対し、どこかで“ああ、またか”のような冷めた思いであった。だが、それで終わってしまっては実に惜しい。最近の恐竜学には生物科学としての“宿痾”(完治し得ない運命的病)を抱えた獣医学を“治療”する可能性を秘めているからだ。したがって、その可能性を専門誌「鳥類臨床」の誌面を通じて鳥類専門獣医師に示した(浅川 2025)。本稿はその続編の意味を込めたものであったが、“眼前の鳥patientに直結しないのはご遠慮願います”と「鳥類臨床」への掲載は叶わなかった。もっともだろう。日々の診療で必死の彼らにとり、獣医学全体のことはあまりにも迂遠。確かに、patientの鳥は恐竜の仲間でも(注:獣脚類Ⅲで“鳥類の起源”として解説)、ちょっとねという反応だろう。

でも、Dobzhansky(1973)の“進化という視点が無い生物科学は無意味”なので、限られた哺乳類でしか教育を受けてない多くの獣医師が、その鳥patientを理解し、最終的に適切な医療を施すには爬虫類・恐竜からの進化的背景を身に着けないとならないと思うのだが…。

前置きが長くなった。まず、近頃の出版状況を鑑みると、ハードカバーで大部な本体(A5判・512頁)にまず圧倒された。冒頭の若いフリーク達には親切な記述ではないかもしれないが、何としても読みこなしたい!となれば日々の勉学に身が入るだろう。“好き”とはそのようなエネルギーの源泉なのである。さて、本文は三つの部に分かれ、それぞれの章構成を略記しただけでも次のように長くなった。

第Ⅰ部 進化と歴史

  • 系統・分類・起源
  • 鳥盤類Ⅰ~Ⅲ
  • 竜盤類Ⅰ~Ⅲ
  • 竜脚形類
  • 獣脚類Ⅰ~Ⅲ

第Ⅱ部 古生理学と古生態学

  • 繁殖
  • 成長
  • 雌雄
  • 姿勢と足跡
  • 神経系と感覚器
  • 呼吸系
  • 食性
  • 皮膚・羽毛・色
  • 発生
  • タンパク質
  • 絶滅

第Ⅲ部 日本の恐竜

  • 北海道
  • 本州Ⅰ-東北・関東・中部
  • 本州Ⅱ-近畿・中国・四国
  • 九州

間違いなく第Ⅰ部と第Ⅱ部の詳細は恐竜フリークの最新情報となり、アップデートの参考になる。しかし、第Ⅲ部に関しては浅学な私はパート題名“古生理学”で驚かされた。生理学とは機能なので須らく現生種属性と思い込んでいたからだ(猛省しきり)。そんな私でも羽毛色を司る細胞が化石になることを知っていたので(浅川 2025)、いささかも驚かなかった(やはり知は武器)。最も注視したのがその部の真ん中あたり“呼吸”である。私が獣医学課程で躓いたのは大呼吸の様式であった。当該様式は、獣祖先である爬虫類とごく大雑把にいえば大差無く、その流れの理解は容易である。しかし、同じ爬虫類起源の鳥なのに、その呼吸様式が異次元的に違い、かつその呼吸器の進化の流れが想像できなかったゆえに解らなかったのだ。Dobzhansky(1973)の主張の正当性を実感させられた瞬間でもあった。その場では枝葉情報を無理やり突っ込むだけでやり過ごしてきた。が、この姿勢は大学の教壇に立つ者として理屈抜きでダメ。いや、それ以上に知的刺激を欠きつまらない。ところが、本書の記述で無知の荒野に曙光が射しこんできた思いであった。呼吸以外にも鳥生理に関する私の荒野はかなり広いので、この本のおかげでおいおい開拓されることになろう。

所詮、恐竜学の研究材料は化石なので、従来の情報は“形態”に限られていた。陸棲脊椎動物の常識を遥かに逸脱した派手さやサイズは多くの人々の想像力を掻き立て、初期“恐竜ブーム”を生起させた。しかし、先程のように本来なら化石には残らない“機能”も研究され神経、繁殖、食性等の吸様式に関しても地に足がついた仮説が本書全般を通じ提示されていた。これは、日頃の鳥臨床にも有益なはずなので、先程断られてしまった鳥臨床の獣医師の皆さんにも読んで欲しい。機能に関する仮説は陸棲脊椎種の比較動物学が発展し、そして、合わせ鏡のように結局、益々の恐竜学の発展にも寄与することになるだろう。

それが異分野協働でワクワクさせる。こういった関係性は“俄(にわか)鳥おじさんであった”私をいたく興奮させた。そう、私は根っからの鳥好きではないし、まして恐竜少年のなれの果てでもない。つい最近まで勤務していた獣医科大学で、34歳の時、突然野生動物(医)学を命ぜられ、その時から鳥の勉強を嫌々始めただけだ。繰り返すが、前述のように鶏の解剖・生理学の既成事実作りのような学習で得た断片的モノゴトだけであった。まず、獣医学自体が一部哺乳類主体(ならばスキップしても大勢に影響無し)で、鶏は手間がかかる個体診療の非対象(ならば手抜き)、そもそも(獣)医学ではモノゴトを進化という視座で教育されない。つまり、これが前述の“宿痾”である。このようなことは私に限らず獣医師資格を持つ者の多くは同じだろう。そしてそのような逆風の中、何度か述べた鳥臨床の獣医師は信じられない努力をしたのである。しかし、その際も“進化”の視点があれば自己学習もよりはかどったはずだし、第一何よりも楽しかったはずだ。それを実感する上でも本書の効能は計り知れない。おそらく本書編著の方々は、このようなことは、誰一人意識していなかったろうが…。

引用文献

  • 浅川満彦(2025)書籍紹介『羽毛恐竜完全ガイド』.鳥類臨床 32:17-20.
  • Dobzhansky,T.(1973)Nothing in biology makes sense except in the light of evolution. Am Biol Teach 35: 125-129.