HOME >> JVM NEWS 一覧 >> 個別記事
- 著:坪田敏男・鳥居佳子
- 発行日:2025年12月11日
- 価格:定価1,870円 (本体価格1,700円)
- 発行元:株式会社実業之日本社
浅川満彦(酪農学園大学 名誉教授)
本書の各章の構成は以下の通りである。
第1章 魅惑の海棲哺乳類・ホッキョクグマ
- ほかのクマとは違う進化をたどった北極のカリスマ
- 形態と骨格
- 生態
- 生息環境
コラム01 ホッキョクグマの分布と個体群
第2章 動物園・水族館で出会うホッキョクグマたち
- 個性豊かなホッキョクグマたち
- 全国のホッキョクグマ
- 飼育員が伝えたいホッキョクグマの魅力
- 環境エンリッチメントやハズバンダリートレーニング
- 繁殖への試み
- ホッキョクグマとヒグマの研究
コラム02 ホッキョクグマ会議とは
第3章 野生のホッキョクグマに会いに行く
- ホッキョクグマ調査紀行
- カナダのホッキョクグマ保全センター、アシニボインパーク動物園
第4章 ホッキョクグマのいまと未来を考える
- ホッキョクグマ研究者アンドリュー E・デロシェール博士へ20の質問
- Q1.ホッキョクグマは、なぜ絶滅の危機に瀕しているのでしょうか?
- Q2.「ホッキョクグマは順応性があるから温暖化にも耐えられる」という説がありますが、本当でしょうか?
- Q3.ホッキョクグマの獲物は減少していますか?
- Q4.ホッキョクグマの食性に変化は起きているのでしょうか?
- Q5.野生のホッキョクグマが生きていくうえで、海氷は必要なのでしょうか?
コラム03 ホッキョクグマとヒグマの雑種
- Q6.ホッキョクグマにとって、温暖化以外の被害にはどのようなものがありますか?
- Q7.ホッキョクグマの繁殖に温暖化は影響していますか?
- Q8.妊娠したメスの冬眠場所に変化はありますか?
- Q9.ホッキョクグマを調査していてどんなことで温暖化を実感しますか?
- Q10.ホッキョクグマと地域住民の関係は悪化していますか? また、保護される孤児の数は変化していますか?
- Q11.ホッキョクグマが減ることで北極圏全体の生態系に、どんな変化が起きますか?
- Q12.ホッキョクグマの生息数が減っている要因は、温暖化以外に何がありますか?
コラム04 ホッキョクグマの感染症
- Q13.なぜ、スバールバル諸島で大気汚染にまつわる化学物質の汚染度が高いのでしょうか? また、ホッキョクグマの性異常についても教えてください。
- Q14.個体群全体を見ると、個体数の減少はわずかでしょうか?
- Q15.共喰いは起こっていますか?
- Q16.長年の国際的な保護活動を経て、現在の状況を教えてください。
- Q17.ホッキョクグマを研究する意義やおもしろさはどのようなものですか?
- Q18.ホッキョクグマ研究の発展や持続性に課題はありますか?
- Q19.現状から推測するホッキョクグマの未来とこれからの課題を教えてください。
- Q20.ホッキョクグマの絶滅を避けるために、私たちができることはなんでしょうか?
評者の浅川は、本書著者のお一人(坪田氏)が監訳の『ホッキョクグマ-生態と行動の完全ガイド』を紹介した(参照:「獣医畜産新報 JVM」書評(68巻1号p.40、2015))。その中で「疾病に関し(トキソプラズマ・旋毛虫両症の軽微言及のみだったので)関連情報がもっと欲しい!」とこぼした。公平な態度で評すべきだが、病気屋(私)は他書籍でも似たようなイチャモンをつけている。つまり、ある意味公平(屁理屈)。
それが功を奏したのか(?)、本書では緑藻(後述)を含め、寄生虫病および他感染症や汚染物質による健康被害の記述がコラム含む第4章で十分に記されていた。こういった野生動物医学的話題は、私が講師を務める文化教室や随筆を書くうえでネタに困った際、確実に益する(感謝!)。何しろホッキョクグマは野生界の超人気アイコン。助かる。だが、この動物に対し、私に学問的興味が有るのかと問われれば皆無。再び私の都合で恐縮だが(皆さん、呆れているはずだが)、生物地理学の側面からは惹きつけられて来た。この学問は某動物がある場所に入って行く過程(例:大陸から伸びた陸橋を渡った、海や河を泳いだ等)やその後の運命(絶滅したり、他環境へシフト転換したり、新種・亜種等に分化したり等)のドラマである。要するに壮大な歴史。ある意味、地理的分布という偶然性に左右されるモノゴト(動物種とその生態進化)を時間的に遡り、必然的な話に仕上げることが好きなのだ。
最初から名前にホッキョクと付き(註:英語では極地polarが熊bearに前置)、以前も以後もその場所から離れない。この獣が、たとえば、艱難辛苦の末、南極氷床の新王者となったどんでん返しを一切欠く。退屈そのもの。学名Ursus maritimus(海の熊)に恥じず、ドレイク海峡すらものともせず南極大陸にまで泳ぎ着き、そこで多種多量の鳥獣を屠り、最終的に様々な寄生虫を宿し、ムシをいっぱい詰めた白い巨大な袋に。ホッキョクグマと同ニッチを有すライバルは、南の氷床上には不在(海ではシャチだが;本書190頁)。愉快なニューワールドの地平の出現だが、諄いがそんな展開、微塵も無い。ただただ国内外の園館内で愛らしい姿を晒すだけ。
現に2026年正月、拙宅トイレに掛かった札幌市円山動物園謹製カレンダー画像はボールを胸の部分に抱え、無邪気に寝ている。これがまた破壊的に可愛い。だが緑藻で変色したらそんな気持ちは簡単に吹き飛ぶが…(後述)。この変色について体毛の仕組み(構造色?)等とともに、この動物の特徴ある形態と一緒に第1章で詳述されている。一事が万事、本書は痒いところに手が届く親切な書きぶり。ついでに脱線するが、白いモフモフが愛される主因となり、近年ウンザリする程アイドル化した野鳥がシマエナガ。しかし、本州以南に生息する(つまり、わざわざ来道しないでも観察可能)エナガはまったく話題にのぼらない。過眼線という大きな眉毛のような模様が顔面にあるからだろう。白くないと人々の審美眼にかなわないのだ。
もちろん、ホッキョクグマの白(く見せる)は生態学的な適応。こういった説明も同じ章でなされていた。すなわち、白に対しそのメカニズム(機械的な仕組み)と進化生態的な過程(至近/究極要因両面)が見事に解説されていた。思うに「何で白いの?」と問われた際、回答用の台本を周到に用意していたと思えるほど理路整然としたものである。そのような見事な解説には、当然深い洞察力を要す。執筆者の鳥居氏は獣医師資格保持者かつ獣医繁殖学(敢えてヒト医療に例えるなら産婦人科に相当)で博士号を取得後、円山動物園の動物専門員に就いている(本書末尾の著者紹介より)。その経歴をみれば納得できるものである(僭越なことをご容赦!)。
飼育動物の健康管理、獣舎清掃、環境教育等に従事するスタッフは、一般には飼育員と呼ばれることが多いが、札幌市ではより専門職として確固たる地位を示すために動物専門員という職責名となっている。獣医師資格を有した飼育員の方は以前からいらっしゃる。また、私の前勤務先の私立獣医大において、憧れの動物の傍で働きたいとキラキラした眼で話す学生もいた。本書のような優れた資料(シナリオ)を用いつつ、動物園の目的でもある教育(普及啓発)の担い手として、動物専門員のように、勤務する獣医師の地位が向上して欲しい。
最後にホッキョクグマを貶めた体色変化の元凶である緑藻の体毛内外へ侵入・付着について付記したい。寄生虫(病)学を守備範囲とする私には、これを寄生(共生)の一形態と見なせると想像をしている。緑化は1970年代末、Nature誌上でそのままgreeningとして表された(「The greening of polar bears in zoos」)。つまり、かなり以前から注目されていたが、健康に直接被害を与えないので真剣に対応されなかったのだろう。
でも、近年(緑藻原因の)プロトテカ症(「動物のプロトテカ症」)が注目されるにつれ、この人気者への画竜点睛の如き事件はただの気まぐれな汚れではなく、さらに進んだ必然的つながりある関係を想像している。ナマケモノ類の体毛上にも緑藻が棲息するが、ホッキョクグマでの振る舞いも、この程度の関連性は想定しているのだが…。Nature誌の論文(前述)ではChlorellaかScenedesmus両属のイカダモと総称される淡水棲のごく普通の緑藻が検出されており、窒素が増え汚染進行した飼育水内で付着・侵入機会が増加したためであろうと考察していた。いずれにせよ、愚かな個人的想像レベルだが、今後の検討課題としてどなたか検証して欲しい。
